われに還る熊野
The Reflexive Kumano

時間を切り売りして得たマネーの力で、物事を手に入れる都会のライフスタイルを捨て、
「自給」を基本に「信頼」と「互恵」に基づく生活へと転換することで、等身大の自分を取り戻したいと考え
私たちは東京や大阪から紀伊半島の奥深く、世界遺産の地 熊野へと移り住みました。
地場産品を加工する作業所を運営し、自らも畑を耕しながら
日常の暮らしの中で感じたこと、熊野の四季折々の姿を記します。

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10月3日に映画の上映会を開きます
映画の一場面です
今週の土曜日(10月3日)18時より、世界遺産熊野本宮館大ホールにて、自主上映会を開きます、「パレスチナ1948NAKBA(ナクバ)」というドキュメンタリー映画のワンシーンです。
軍事封鎖されたパレスチナ自治区に食料運搬の許可を求めるデモで、イスラエル兵に対して長時間のVサインで抗議するパレスチナ女性の映像です。(撮影はこの映画の監督の広河隆一さん、2002年4月)

映画の予告編のなかで、一番印象に残ったシーンでした。
武装した兵士を目の前にした無言の抗議。
緊迫感漂う映像に釘付けになりました。
この映画を見てみたいというのが、私が自主上映会を企画したきっかけでした。

1948年は国連の決議により、イスラエルがパレスチナの地に建国された年です。
このときに多くのパレスチナ人が住んでいた土地を追われました。
そのことをパレスチナ人はNAKBA(ナクバ)というアラビア語で表現しています。
大惨事とか、大破局とかを意味します。

監督の広河隆一さんがパレスチナに関るようになったのは、1960年代の後半。
広河さんはキブツと呼ばれるイスラエルの共同農場で働いていました。
キブツは理想的な社会主義が実現している場所として、当時の若者たちから憧れの地と思われていた場所でした。
その理想郷のような土地の畑の横で、広河さんは瓦礫となった廃墟を見つけました。
それは追い出されたパレスチナ人の村の跡だったのですが、
この廃墟はいったい何なのだろうと疑問に思った広河さんは、この事実を伝えなければならないと考え、フォトジャーナリストとしてその後40年以上、パレスチナに関るようになったのです。

多くの人にインタビューし、多くの場所を訪ねて、40年間に撮った映像は数千時間になりました。
それをまとめたのが、この映画です。
パレスチナの地で起こったことは、断片的にしか、世界に報道されておらず、国際社会の無関心という、もっとも恐ろしい対応の影で、多くの悲劇が繰り返されています。
それは60年前の過去の出来事だけではなく、現在も繰り返されていることです。

2時間あまりの映画で、パレスチナのことが分かるようになるとは思いません。
でも、映画を見た一人でも、関心を持つようになるきっかけとなればと思い、
自主上映会を企画しました。
                               
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| 山村の地域おこし | comments(0) | - | posted by 安原 克彦
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